小石川大正住宅へようこそ!

 

ごあいさつ

 

 「小石川大正住宅」は、東京ドーム・文京シビックセンターの北側に位置する築100年を超える古民家。関東大震災、東京大空襲、そして、東日本大震災も経験しました。

 

 奇跡的に残ったこの住宅を今後も大切に残していきたく、平成27年耐震補強も兼ねて改築し、どこかなつかしさを感じる古民家として再生することができました。都心にあって開放感のある木造の住宅で、暖かさとくつろぎのひとときを過ごしていただければ幸いです。

 

新しくなっていくこの街で、「小石川大正住宅」がなつかしい風景のひとつとして末永く残していけたらと、希望しております。

  

平成303月吉日

 小石川大正住宅

                      

ダウンロード
小石川大正住宅の基本理念.pdf
PDFファイル 60.7 KB

仕舞屋風の木造建物のご紹介

 左の写真にある仕舞屋(しもたや)風の木造建物は、現在、「小石川大正住宅」と名づけられています。
 

 その名の通り、文京区小石川(かのコンニャク閻魔=源覚寺付近)のやや奥まった場所にあり、近年再開発が凄い勢いで進んでいる小石川界隈にあって、見事なエアポケット地帯となっています。この家屋、最近、リニューアルされたもので、綺麗な外観となっていますが、大正初期築の、純粋な木造建築物なのです。特に内部の(特に二階部分)は、凝った木の窓枠に透明な窓硝子とネジ式の鍵、南向きの廊下(縁側)、床の間…。それは、昭和前期までの木造民家のお約束…。それらが建てられた当時のままの形で、文京区小石川に現存しているわけです。

 

 東京といっても、私などが記憶している戦後の下町にあった木造家屋とはまた違い、チープさが全く感じられない。やはり、何といっても〈山手風〉っぽいのだな。そして、昭和20年空襲を辛うじて免れた界隈にあって、約30年ほど前までは数多く残存していた木造民家も、かのバブル期には地上げの巷となって、今や現存する民家は、この一軒だけとのことです。界隈のかつての町名は「小石川初音町」。小石川では低地にあり、千川のどぶ川も流れていた辺りです。漱石の『こころ』にも描かれ、「樋口一葉終焉の地」にもほど近い場所。二階から外を望めば、名作『にごりえ』の舞台をも彷彿させる、かつて、子供たちの遊ぶ声が絶えなかった路地が、向かいの30階建てのマンションとの間に忍ぶように残っています。それはそれで、なかなかお見事な風景なのですね。
 
 実はこの家、私の学生時代の同級生であるNクンのご実家なのです。彼は、還暦を少し前にして「古民家再生」の意を決し、このご実家からエアコン(注)などは付けないままで手を加え、昨年、小石川大正住宅としての再生を行なったわけです。昨日、彼に招かれて、見に行ってきました。N クンの話では、寝転がって窓の外を眺めても、居眠りにも最適だそうですが、まさにその通りだと思いました。なぜか落ちつくのだな。透明なガラス戸ごしに、路地行く見知らぬ人と目と目が合っても、思わず、会釈してしまったり…。しかも、向う(ご婦人)も微笑み返してくれたり…。これ、結構好いじゃん!…なんて思いましたね。
 何云ってるか、わからなくなってきましたが…。

 

 外の黒板塀といい、大正民家のセットなどをわざわざ造るよりも、ナチュラルなこんな場所の方が、まさにリアル。場所柄といい、何かの撮影にも見事に使える場所だと思います。
 今、その南側では、更なる大規模な再開発が始まっています。昭和な町並みがまた、消えようとしていました。

 

 

 

平成28年3月訪問して  作家・壬生 篤

 

 (注) 平成30年10月、夏の猛暑と熱中症対策のため1階に冷房を設置いたしました。